証言記録

多くの人に現地に来て頂き、風評を払拭していきたい

東日本大震災の被害について

 震災当時は、大熊町での会議を終え、楢葉町に帰る途中でした。地震により養魚場の警報装置から故障等を伝えるメールが届いていたので、すぐに漁協に戻りました。津波が迫っていたため一時高台に避難後、再び養魚場に戻ると、施設全体は津波をかぶった後でした。

 震災16日後に現地確認を行った時、放流できずにいた鮭の稚魚はほぼ全滅でした。しかし、幸運にも鮎は80万匹中の1~2割位は生きていたので「川に放流すれば何とかなる」と思ったのですが、放流用排水管も壊れ、放射能の心配もあったので結果的に放流は断念しました。

今の自分ができることを

 震災後の4月末、漁協はいわき市平の南双葉広域復興センターで仮事務所を開所し、私は2年くらい、漁連の仕事と漁協の仕事をしました。警戒区域解除が解除されてからは、鮭、鮎などのモニタリング調査を実施しました。それと同時進行で施設の解体工事や新設、機材を入れ、今秋からはふ化事業再開の予定です。

 今後、第一ふ化場の100%稼働、加工場と販売場の再開などが目標です。また、漁協としては、多くの人に現地に来て頂き「現地を見ても全然大丈夫だよ」と理解頂けるよう、身近なところから風評を払拭し、安心感と信用感が広がるような努力をしていきたいと思います。

インタビュー日 2015年6月17日
インタビュー証言者 鈴木謙太郎氏 (木戸川漁業協同組合)
地域 楢葉町

詳細情報

対象時期 震災当日
災害の種類 津波,  原発事故

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